先日気になっていた堀江貴文さんのすべての教育は「洗脳」である 21世紀の脱・学校論 (光文社新書)を読みました!
今の時代、親の言ういい学校に行っていい企業に就職したけどこれって何、幸せなのかな?ナンカチガウ。。。みたいな人がいっぱい増えてきて、昔よりは大分彼の考え方が受け入れられるようになってきたんだろうな〜。
学校=使いやすい労働者を生産する工場
堀江さんに会ったこととかないけど本は5冊くらい読んでて、どの本もめちゃくちゃ読みやすいしわかりやすいし。何より彼の考え方が一貫してるしウンウン頷いてしまう!
この本では学校教育が上から言われたことを指示どうりにこなす労働者を生産するための工場のように記されている。
個人的には↓
- あのよくわからない体育の行進練習とかマジで意味わかんなかったし(いや、今でもあれはおかしいと思う。)
- 制服はスカートの丈が膝から上になっただけで呼び出しされるし。
- 他の科目がいくら良くても1教科赤点だったら補習させられたり
- 「理解できないのがおかしい」というようなトラウマを作らせるような授業の進め方も謎だったし。
もう、学校の授業内容もルールも突っ込みどころ満載すぎて今考えてみれば笑えるレベル。
先生って長年先生やってるから「これって変だよなあ」っていうのがわからないのか、それとも「カリキュラム」だからやるのか。どっちなんでしょうか。どっちもなんでしょうか?
私はどちらかというと、まだ先生に恵まれた方だとは思うものの
やっぱりこれは生徒のためではなく学校の方針で言わされているのだろうなあ。と思ったり。不安を煽ったり。私が今後子供を産むことはないかもしれないけど、子供できたら今のままの学校教育だったら行かせたくないなあ。。と思ってしまうよ。
結局学校(義務教育特に)て先生の言うことを聞いていれば良い生徒ってそれって人間性が育つんじゃなくて従順な労働者を育てるってことだよなあ。
ホリエ本を読んで文中の希望の兆し
堀江さんみたいな人がもうちょっと沢山いたらまた日本は変わっていたかもしれないですね。
私は頭のいい人間ではないから教育を根本から変えるぞ〜とかそんなこと思ったりはしてないが、みんなが好きなように好きなことして生きられたらいいな〜なんて思ってるし。将来の不安に怯えながらやりたくない授業を受けたりやりたくない仕事をせずに済む世の中ができたらいいなと思ってはいるけど。
堀江さんの本にはさらに幾つかの希望の兆しがありました(わたし的にね)
グローバリゼーションの流れに逆らわない
日本が〜日本人が〜じゃなくてこれからはインターネットがあればどこででも誰とでも仕事がもっともっとできるようになるから場所って関係なくなる。つまり世界中のどこで仕事しても大丈夫。グローバリゼーションの流れに逆らわなければ、いろんな土地でいろんな人種の人たちと仕事をすることができる!(すげーいいな!!)
快の感情のシェア
あなたが自分自身の楽しいや嬉しい、気持ちいいと言った快の感情をシェアすると、そこに沢山の賛同者(いいね!)が集まり、繋がっていく。そしてそのつながりが関わった人たち全員に豊かさをもたらす。この共感がこれからの世界を動かしていく原動力なのだ。
例でピコ太郎さんやイルマニアさんを引き合いに出してますが、とってもその通りです。おっしゃる通りです。実際いいなって思うことは自分も嬉しいし共感した人も感性にあっていいなっと思うんだからHappyですよね。
遊びは未来の仕事になる
機械に仕事が取って代わられることがよくないことだと思ってる?
でももし機械が嫌な仕事とか単純な仕事を代わってくれたらこれほど便利なことがあるでしょうか?
だって今行われているような危険な作業だって全部機械がやってくれたら仕事で命落とす危険もないわけですし。
やりたいなって思うことや遊びが仕事になれば毎日全員楽しいし
あ〜月曜か。。って思うこともなくなるし
満員電車なくなるし
犯罪は減るし
めちゃめちゃ平和な世の中になると思います!
基本的な生活が保障されていて何してもいいなら今やってることやりますか? 逆に保障されていたら何がやりたい?
堀江さん本には書いてないんですが
ベーシックインカムなり何なりあったとして、好きなことだけやっていいよ〜ってなったら何がやりたいですか?または今の仕事を続けますか?
私だったら今お金のためにやってる部分の仕事は全部やりたいと言ってる人に丸投げします!
で、ブログ書くのは楽しいしデザインや自分で絵を描くのも楽しいし、体を動かすことも楽しいから50%くらいの生活は変わるけど他は変わらないかな(w)
ホリエ本の中でも書いていますが「今の仕事やめられない」とか嘘だと思う!
ということを自分にも言い聞かせて、どんどん今自分のやりたい方向にシフトチェンジしてってます。
本の締めくくりがいい!(ネタバレ)
一人で立ち上がって、どれだけ小さくてもいいから「最初の一歩」を踏み出すのだ。
その時にこそ、今までの思い込みが幻想であったことを痛感できるだろう。
そして「誰かに力を貸してもらわないと自分は変われない」という自己否定のブレーキが、単なる洗脳の結果だったことを実感するはずだ。
学校、そして会社という幻想から自由になれた時、あなたの「脱せんのうは完了する。洗脳がとけた後の清々しい世界をもしもあなたが体感できたなら、著者としてそれに勝る喜びはない。