みなさんよく感じることだと思いますが、年齢とか置かれてる環境とかでやりたいことを諦めてしまうことはありませんか?
「流石にもうこの歳では遅いでしょう」
「家族もいるから無理だよ」
そうやって諦めてしまったことって結構ありませんか?
そうしてそれに同意されることで安心感を得て、自分を納得させていませんか?
でもそれってどうなんだろう、せっかく興味を持ったことなのに、たまたまそれに出会ったのが世間一般の常識といわれるものの時期とは大きく違うものだったりしただけで諦めるんでしょうか?
本当にそれをしなくてもいいのでしょうか?
環境は自分で積極的に変えていこうという話 - 人生をシンプルに生き延びる☆
自分を無理やり納得させない
世間一般ってなんなんでしょうか
そしてそれに同意するということは表面的には生きやすいのかもしれませんが、本来の自分としてはすごいもったいないし、つまらないんじゃないかなって思います。
勉強したいなって思ったこと、行ってみたいと感じた場所、それってたくさんの選択肢の中から本当に偶然自分が知ったことだからそのインスピレーションに従っていけばすごいことが起こるかもしれない。
もしかしたら行動起こしてみたら「あれ、なんか違った」ってこともあるかもしれないし、時間とお金が無駄だったわーってなるかもしれない。
だけど、無理やりもう遅いし、って感情に蓋をして諦めたら、他人に対しても希望の芽を摘んでしまうことがありうるんじゃないかなって。
私も我慢したし、諦めたんだから、君も無理だよ、諦めなよって。
他人の足を引っ張ろうとするのは、自分がやらなかったから。
そんな人になりたくないなら、やっぱり自分は自分で諦めさせずに一歩を踏み出すことなんじゃないかな。
踏み出さずに諦めるのはとっても自分がかわいそう。
顕在意識と潜在意識とあるというけれど、顕在意識の部分で怖いとか恥ずかしいとか拒否しちゃってるんだなーって、冷静に考えたりする。私も結構そういうことがあるけど、結果やりたいことはなんだかんだ手を出してしまう。やってみて向いてないな、とかあまり面白くなかったな、って思ったらやめるって気軽に考えてる。
チャレンジしたお金や時間がもったいないから鼻からチャレンジしないのは逆にすごく勿体無いと思う。自分の本当の気持ちを大事に扱ってあげたいと思います。
ノートを書いて自分に許可を出すこと - 人生をシンプルに生き延びる☆
40代でやりたいことリスト
世間的には〜って考えると遅いかもしれない?でもチャレンジしたいことが以下です。
- 留学する
- 動画制作のクリエイターの仕事をする
- 社会人大会に出る
- 片手倒立できるようになる
- ブログ飯(また復活)
多分探せばもっとでてきそうだけど。留学は今コロナ中だし海外は行きにくいかな〜と思っていたのですが、現在日本帰国時の隔離が2週間ってエグい以外は海外は隔離なしで入れる国も多いし、工夫とちょっとした貯金でも行けそうです。
夢いっぱいの大人が増えれば、世界はもっと良くなると私は本気で考えて生きてます!